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Takeshi Omori thinks so...

Live simply, Do more with less, Life is good.

エネルギーを持て余すと、腐って腐臭を放って毒となる

 

食事においても、あまったエネルギーが体脂肪になり身体に毒となるが、

 

それはバイタリティな面でも同じことが言える、ということを聞いてものすごく納得した。

 

何かをしようと思い立った時に行動が伴わないと、

何かをしようとしたエネルギーだけが取り残されてしまい、

結果としてかえって毒になる。

 

これは、ホント身にしみて実感する。

メンタル的にも毒であり、結果的に身体にも影響する。

 

先日も20年以上ぶりくらいにインフルエンザにかかったのだが

(そして体重が4kg減り、体力的なダメージも未だ引きずっているのだが)

 

この体調不良でさえも、日々の行動の負の蓄積が影響していると考えると

辻褄が合う結果であることが分かった。

 

「目標設定」をテーマに考えを広げていくと、いろいろなことにつながり理解が深まる。

 

2017年をより良い年にできるよう、あと一週間、エネルギーをしっかり使って代謝をして、心身デトックスしていこう。

 

 

学びが多くて楽しい最近。目標設定について。自分の未来像について。(追記)

 

久しぶりの更新。

 

哲学的な、マインド的なことを書きたくなると更新します。笑

 

最近、目標設定について考えることがあり(時期的なものもあるでしょうが)

さらにタイミング良く、それについての音声教材を学ぶ機会もあり、

あらためて目標設定について考え、仮ではあるが目標を立ててみたら、

 

なるほど、それだけで世界は変わるものだ、と実感。

 

  • 日々の、すべての決断に、真摯さを持つ。
  • 日々の、すべての選択が、より良い流れにつなげる。

 

これをしばらくの目標にしよう。

 

 

…と、書きながらさっそく追記。

 

このひとつ前の記事と矛盾があるように見える。

 

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今に集中するということは、妄想に流れないこと。予測を立てながらも現状を捉える。

何かをしている時に、他のことを考えてしまうことって、ありますよね。

 

ある意味、予測を立てながら行動している時の「予測」ですらも「今ここ」から離れていると言える。

 

今に集中するということは、妄想に流れないこと。

あるいは、予測を立てながらも現状を捉え、逃さないこと。

 

いつもできるものではないかも知れないが、できてるな、と感じるときは、世界を明るく、クリアに感じる。

 

得しようとか、うまく生きようとか、そういうのではなく、

 

せっかくならば、明るくクリアな世界で生きていきたいと思うのだ。

 

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自分のことも分からないのだから、神様を信じることができなくて自分を信じることができる?

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自分のことも分からないのだから、神様を信じることができなくて自分を信じることができる?

 

とある友人が言っていた言葉。

 

なるほど、信心ってのは、けっきょくは

「いかに自分自身を信じられるか」に行き着くのか。

 

数年前に聞いてから、神社仏閣に行く時の気持ちが変わって、

 

去年から「酉の市」で熊手も買うことにした。

 

神頼み、というか、人事を尽くして天命を待つ、的な。

 

頑張らない人間にも、たまには運でどうにかなることもあるけど、

 

けっきょくは努力をしたり、真摯で誠実であることか報われるのだろう。

 

 

余談だが、この、いわば「運」のロジックも、少しでも解析できればと思う。

 

これは悪い意味ではなく、少しでも自分の努力でできる範囲を広げたいのだ。

 

 

自分が本当にしたいことが、自らの固定概念に制限されていた。

前回、自分の世界の広さは自分が決めている、というブログを書いたのだけど、

 

世界の広さは、自分で決めているのだなと実感した件。 - Takeshi Omori thinks so...

 

今、自分自身にある「殻」をとても感じる。

 

固定概念に囚われているなーと実感。

 

いつも、固定だったお客様が離れて気味な最近。

 

理解はされつつも、なんとなく距離を感じるのは、自分の中での固定概念にあるかも知れないと気づいた。

 

 

「今、自分がしている仕事とは、こういうこと。」

 

という固定概念に、

 

今、自分ができること全てを発揮できていない気がする。

 

 

自分の能力を高く勘違いしている(アドラー的な「優越コンプレックス」になっている)わけでは、きっとない。

 

 

自分がされて嬉しいと思うことを、相手にする。

 

自分が本当にしたいことをする。

 

そんな、初歩的なことが、自らの固定概念によって制限されていたかも知れない。

 

 

あらためて、ふと気づいた。

 

いや、いろいろなことから気づかされた。

 

うまくいってない時というのは、反省の機会でもあるが、

 

あらためて、成長の機会なんだと感じた。

 

 

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殻、破ろう。

 

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世界の広さは、自分で決めているのだなと実感した件。

とあるプレゼンをしたのだけれども、

 

それは要するに、とある商品についての効果をプレゼンするようなことだったのだけれど、

 

その商品の効果はかなり分かりやすく実感を感じてくれたのだけれど、

 

では、その商品をどんな風にオススメすれば良いか、という具体的な方法が抜けていた。

 

 

提供する側(自分)と買う側(お客様)のことは考えていたけれど、

販売したりオススメするスタッフ側に対する想像力が欠けていた、ということ。

 

 

どこまで想像力を働かせて、どこまでアプローチするのか?

 

それは自分自身で判断していることだし、

 

そしてそれが、自分の世界の広さを決めているのだと実感。

 

 

世界を、想像力を、そして自らの自由さを、広げよう!

 

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見えない大切なものを見失わない。目新しいことにた時こそ、大切なこと。

新しいことを学んだり、手に入れたりすると、

 

それに目を囚われて、

 

それ以外の大切なことを見失ってしまいがちになることに気づいた。

 

何か新しいものを手に入れるために、何かを手離すことが必要な時もある。

 

しかし、何かを手に入れた結果、気づかぬうちに大切なものを失うことだけは避けなければならない。

 

 

大切なことは、失ってから気づくことが多い。

 

なのに、繰り返してしまう性もある。

 

悲劇とは、こうやって生まれるものかも知れない。